🤑 第114回 「豚の報い」• 大震災で大きな被害を受けた石巻市出身(両親も)ではあるが、あふれた「耳障りのいいことばだけがもてはやされ、不謹慎と非難されそうな言葉は排除される」言説に強い違和感を覚え、口を閉ざした。 この咀嚼と嘔吐は、異文化を受けいれることの困難さをリアルに描いている。
🖐 ) 「素人の作った料理なんて食べたくねぇんだよ! 一生の内の大事な食事を、素人の料理で1回無駄にした。 支援物資だけが頼りの人々。 February 24, 2017 に投稿された• この構えこそがまさに辺見庸の『もの食う人びと』における紀行の構えなのである。
9😜 ただ観光するだけでなく、こうすることでその国のことを深く知るきっかけにもなると思います。 『言葉と死 辺見庸コレクション2』毎日新聞社、2007• いや、夕食後には、もう一つ仕事をさせられた。
20🌏 と言おうか、逆に言えば、よく言われるように、世界には十分に食べれている人間がむしろ少数派なのだとしたら、これは当然の始まりなのであった。
6🙄 エイズに感染している可能性が極めて高いナチャッジャ30歳。 それらの文章は、いわゆる論評や学説や新聞記事が、到底表現できない人間の痛みや苦しみやどうしようもなさなどを、表現している。
5☝ January 16, 2020 に投稿された• ということは、まだインターネットが流行る以前の時代だ。 食い物さえくれれば、トイレでも下水でも掃除するから」。 『私と〈生〉と〈死〉のあわいを見つめて』 2009• あくまで自分がその土地で出会った人々の「食う」ことに寄り添い,なにをどう食いそれについてどう考えているのかを,時々筆者がそれについて思ったことを交えて淡々と綴っているだけである。
10😆 「もの食う人びと」( 1994年)では、世界各地で危険な旅を繰りかえすが、ストーリー性を追求したものの、まとまらず苦労する。 彼は次のように言う「悲劇にあって人を救うのはうわべの優しさではない。 『瓦礫の中から言葉を-わたしの〈死者〉へ』 2012• フィリピン、ベトナム、東欧、ロシア(チェルノブイリ)、ソマリア、ウガンダ等々、彼の紀行は続く。
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